モモ

妻も私もかなりネコが好きだ。息子が中学生になった2010年にモモはうちにやってきた

息子の友達の家でたくさん生まれたネコのうち1匹をもらう約束をしたのだ。その日家族3人は、千円のお土産(。。なんだったか思い出せない)を手に、待ちに待った息子の友達の家に向かった。うちで猫を飼うのは初めてだったのだが、乳離れするまで5か月ぐらいその友達が育ててくれたので出産直後の苦労は無かった。

息子の友達が住んでるアパートに行くと「猫がいる部屋はこっち」と案内された別の部屋に入ってみると、5-6匹のネコ(もっといたかも)。妻と息子は嬉々としてどのネコにするか相談をはじめた。そして、最も元気そうだという理由で、尾の長い顔のスラっとした美人のサビネコを選択した。こうしてモモはうちにやってきた。病院で先生の「この子はシャムが入ってますねえ」の一言で妻も私もなんかすごく嬉しかった事を覚えている。

最初は、いつも狭くて暗い所にいたモモも次第に我が家に慣れて、特に妻にはかなり懐いた。家に来てからすぐに病院で予防接種を受け、9か月目ぐらいに避妊手術をしてもらった。

momo1.pngモモがうちに来た時は、サビネコという名前を知らなかった。会社の同僚と話していて「サビネコ」と判明。ネットで調べて、遺伝学上全てメス猫であり、あまり人気は無いが性格は総じておっとりとしており、大変飼いやすいネコだとわかった。モモも大変おっとりしていて、しかも大変頭が良かった。

最初の事件は、家に来てから1年目ぐらいのある時、雨戸を閉めようと窓を開けた時に起きた。ダッシュで庭に出た焦げ茶色の何か。。モモが脱走したのだ。「あっ!」というまの出来事であった。妻は早く探さなきゃ!っと狼狽。一応庭周辺を探したが見つけられず私は昔実家で買っていたネコを思い出し、必ずネコは自分の家に帰って来るからと妻をなだめた。次の日の午前中にモモは帰ってきた。庭で鳴き声がして見るとモモがいた。窓を開けると何事もなかったように家の中に入ってきたそうだ。その後はたびたび脱走するようになった。そのうち庭に出せとせがむように鳴くようになり、面倒なので結構外に出してしまうようになった。

ある夏の日、いつものように庭にモモが返ってきたので窓を開けると、セミをくわえていた。またある日はスズメ。またある日は何とウグイス!彼女はその他にも色々な狩りを楽しんだようである。獲物を見せて褒めてもらいたいという行動らしい。そして家の中では何とも愛くるしい目で妻や私を見るのである。モモは完全に家族だった。

うちに来てから5年目、いつの間にか食欲が無く、ぐったりするようになったため、病院に通うようmomo2.pngに。何回目かに、先生からお腹に大きなしこりが有ると知らされた。おそらく膵臓癌だろうと。手術はできないんですか?と聞くと、開腹手術をしてみて可能ならば取り除けますが、手遅れならそのまま閉じますと言われた。開腹結果はやはり手遅れだった。そのまま閉じて1泊して家に戻ってきた。その後は、スポイトによる投薬と栄養補給。妻は献身的に看病した。平日の病院通いは妻が原チャリに乗せて連れて行った。そしてある朝、ソファーの上の妻の腕の中で息を引き取った。2015年11月12日だった。これで我が家で妻が看取った動物は、ハムスターのタマゴとウズラ達、インコのピン、サビネコのモモとなった。ちなみにモモがうちに来た時は、オスのインコのピンはまだ元気だった。ピンのケージをモモが届かない所に吊るしたが、何度もジャンプして脅かしたのが良くなかったのか、2-3か月でピンは亡くなってしまった。この時も妻の落ち込みはひどかった。でも、モモの時はもっとひどかった。

妻と話し合ってモモの亡骸は、白峯時の動物愛護協会に持ち込んで焼いてもらい、お骨はペット専用共同墓地に眠っている。